想々啖々

絶世烟る刖天歌。文学者が思想を日常に翻訳していればいい時代は既に去った。

EaS

5. 思辨における倫理、学問であることの妥当性

前章において想定したように、学問は、まさに人類に一般的な知識を扱うことによって客観性を保っているが、これは経験を知識の全体としたときの客観性である。我々の外部に実在があり、これについて全体を俯瞰しえないことを了承すると、学問の主観性が顕在…

4. マルチバースの想定による、より強い客観性の獲得可能性

ある、規則によって真となる論理において、論理的に妥当であるが経験不可能なものについての思考について「思辨」と言うことにする。実在論を含め、古来より哲学がこの領域を扱ってきたが、昨今では、物理学でもこれに関する問題を扱う。マルチバースの問題…

2. 経験の外部についての思考としての実在論

前章において、論理学/数学/物理学は、どれも経験の捨象であるために互いに対等であることを記述した。しかしながら、捨象の対象については「実際の世界」と言うのみで多分に不明瞭であった。本章はこれについて検討する。 実在論によれば、あるいは我々の…

1. 論理学/数学/物理学という経験の捨象である3つの論理体系、それぞれの対等性

物理学は史上いつの、宇宙空間上どの地点においても自然法則が適用されることを知っているが、論理学的な視点からすれば、これは帰納法を唯一の根拠とする。帰納法とは、ある限られた範囲で真となることが確かめられた命題が、抽象化によってより広い範囲で…

3. ベイズ理論の導入によるヒューム的破れの検討

人間の言う「世界」は、感覚する情報を自身のうちで(再)統合/(再)構築した総和のことであり、経験として接触可能な実在の総和より実在空間全体が大きいとすれば、観察可能なパラメータの外部のパラメータの変動によって、まったく予期しえぬ事態に直面する…