想々啖々

絶世烟る刖天歌。文学者が思想を日常に翻訳していればいい時代は既に去った。

倫理観のアップデートを加速する

今回は題の通り, 現行遅々緩慢と発展するばかりの倫理観・倫理観念なるものの高速度なアップデートをおこなうのに必要な要素を検討する. これの是非については, まさに "アップデートされた倫理観" によって弁別されるべきであるため, 本論にはいっさい含めない.

 

そもそも倫理観とは何かといえば, それは社会が敷く規範である. このとき社会とは立法府を指したり, 数十人なり数千人なりで蝟集した集団を指したり, 規模や構造についてはフレキシブルに考えていただいてさしつかえない. 人々が集まって生活したり, 何か事業を興したり, というときに, どこまでの行動を許すか, 禁ずるかの境界を決定する共通了解である, と正統に考えても良いし, もう少し凡(ひろ)く考えても良い. しかし, けっきょくは私自身, あなた自身が自らを律するさいに自身を納得させる支柱や論理証拠の材料となるものこそが, ミクロなレベルにおける倫理観にして, 倫理観そのものであると私は期待する.

 

上のように見ると, 倫理観というものは環境に大きく依存している. 周囲の人間もそうだし, 生まれついた国家の立法府がどういう性格をしているかによって, 水面下で行動規範が染みついてしまう, というのは大なり小なりある. そしてまたこれは「倫理観とは周囲から要請されるものであって, 自ら決定すべきでない」とする受動の人にあっては, 環境を映し鏡にしたような規範が彼の内に組み上がる.


しかし, 環境とは何も人によってのみ形成されるわけではない. あらゆる社会, 共同体, 個人は自然界に存在するいじょう, 自然界の律法にしたがい, それの求めるとおりにゲノムをデコードし, 肉体を組み上げる. 生来の(ヒューム的)反復より, 懲罰制度により成立する人間社会の秩序よりずっと鞏固な自然秩序により, 思考様式や過程が暗黙裡に決定する. 重力に逆らった生活が(西暦2017年現状)不可能なように, 不可抗の場合が多数である.

 

人間社会なり自然なり, 環境が個人また社会に要請する, 生活上の様式は, テクノロジによって書き換えることが可能だというのは, もはや考えるまでもない. 電力インフラは生活から多くの労働を剝ぎ取り, 通信技術は地理的な距たりを克服した. あなたや私が黙っていても, シーズやトレンドによって, 社会の様相はめまぐるしく移り変わり, 自然界と和合しながら人類の権勢を肥大させてゆくのを目の当たりにする.

 

ここで私たちは, 近代のようにテクノロジの発展を思想から制馭することを, もはや考えるべきではない. というのは先の大戦の反省もそうだが, そもそも独裁者一個人, 国家一箇に馭しきれるほどサイエンスは狭隘でなく, ネットがインフラとして敷かれている現状では, 情報統制をもってしても搦めとられないからだ. したがって, ある先導者, 先導機関が前もって, 次代にすべきことを提示するのでなく, 個々人, 個々の機関がそれぞれ自由に躍動できるような, 下地や環境をいかに整備するか, を政府は考えるべきであるし, それは何も外圧として受けるばかりでなく, 個々人それぞれのマインドセットを, 個々人それぞれが自立しておこなうのが, テクノロジの進展を目指すときには望ましい. このマインドセットこそ倫理観であり, 一般に「何をおこなうのが好ましいか」を定める道徳観と一致していると見ていただいてさしつかえない.

 

爾来の秩序(法秩序, 自然秩序. . . )からして, 一種の擾乱と見做せるテクノロジの発展は, 爾来の倫理観を揺るがす. 揺るがされた倫理観は, いったん知見として獲得したテクノロジは抹消不可能であるため, 倫理観がテクノロジに整合する必要に迫られる. とはいえ大多数の場合, テクノロジの進展にともなって生起した議論は, 倫理観と何ら衝突なく受容しえる. クローン技術は旧くに議論が活潑化した(現在もそうかもしれない)が, もし誰かが自身のヒトクローンを製造したところで, 人格の形成は環境適応によって起きるため, 身体特徴が似通るばかりで中身は似ても似つかない, いわば歳の離れた双子ができるだけで, 自己の実存が揺らがされる, などという大それた事態は起こりえない.

 

上の事例のように, 倫理的紛糾というもののすべては, ある個人, ある集団の持っている知識をそれぞれ持ち寄って衝突させてみたときに起こり, このとき生じるいっさいの悲観は, 言ってしまえば, ある個人, ある集団の無知に由来する. 倫理とは(共時的に・同時代における)普遍にかぎりなく漸近すべきであるから, 人類全体の總合知を結集し, その知見から問題を俯瞰したさいに得られる視座を共有することこそ, トップダウン型の倫理観念の指針決定に他ならない. これは現在アカデミックな哲学界隈が, 「生命とは何か?」「脳死の判定は?」などと生物哲学のような形をとって進めているが, 現行でのアップデートはじつに遅々としている. これについて「人間自身の根幹・深淵に関わることだから, じゅうぶんに時間をかけて審議すべきだ」とする意見はもっともらしいことだが, そもそも研究から成果物が出来てしまってから検討を始める現状をかんがみて, 年数をかけることは必要だが, 始める時期がいかんせん遅いと私は感じる. サイエンスの研究によってもたらされそうなパラダイムを予測し, 先端技術のインクルードを先におこなうこと, 議題をプリインストールすることで発明以前からシミュレーションを開始し, 発明が済んだ瞬間には, すでにそれについての審議は完了しているというのが望ましく, そもそも議論は何もマテリアルを必要としないため, それをしないのはただの惰性である.

 

常に後手にまわるが, 知を結集し, 長くて十年単位で審議を終える. そしていざ, 市民へ向けて広報するわけだが, ここにも遅延の要因がある. 専門性の高い審議を, 学術を能動的に吸収しない市民は未消化に済ますため, けっきょく届くのはその専門たちのみである. こうしてアップデートは学術界隈, その分野をメインターゲットとする開発者たちの間に留まり, 本当に市民へこれが敷衍してゆくのは, 場合によっては教科書の改訂を受けた, 次世代である. 現状の受動形態では, ジェネレーションが移るまで, 真に倫理観がアップデートされることは難しい.

 


満を持して, 加速のローンチに入ろう.
現行, 倫理観のパラダイムは緩慢に移りゆく. というのは審議に時間がかかるのもそうだし, 学術について能動的に学ばない市民の惰性によりジェネレーションのサイクルが廻らないかぎりこのシフトがなかなか起こりえないというのも原因の一つだ. 後手後手の審議, 世代交代によらない倫理観のパラダイムシフトを廻してゆくには, 一つのパラダイムを食い尽くし, 次のパラダイムをいち早く呼び寄せる加速主義的なサイクルを廻すことが覓(もと)められる.

 

倫理観の醸成には, 現在は市民の惰性と, 立法府やアカデミーの引き上げとで釣りあいをとっており, アップデートにはまず何らかの成果が研究機関において生起し, それについて識者を募って咀嚼して, 何らか法規制を敷くか教科書を改訂するかという広報手段をとる.

 

上の手続きを, 省略ないし無視することで加速は起こりうる. 成果が出る以前にその出現可能性を察知し, それについて自らのスタンスを能動的に決定するか, 情報を咀嚼するうちにあるスタンスへ漂着することで, ここに倫理観はアップデートされる.

 

ここで "自ら" とは, 個人であることが望ましい. これからの社会はプロフェッショナル殺しが横行する機械学習の時代であり, 分野単位・企業単位というものの解体が順々に起こってゆくものと予想されるからだ. そしてまた, 倫理観アップデートの加速により, 解体じたいもいっそう加速されることだろう. そうした場合, 個人が受動態でいるようではあっというまに置いてきぼりを食らう. 道具の進歩により誰もがプロフェッショナルの能力を発揮できる社会においては, 「何ができるか」よりも「何をしたいか」が本義に据えられ, 自己の倫理観が常に最先端をゆくことが要請される. それはつまり, 分野が個人単位にまで細分化・専門化したことの証であって, 倫理観のイディオレクト(idiolecte)で発話することで, 自己のプレゼンスは発揮される.

 

倫理観の加速が飽和したとき, 何が起こるだろうか? きっと, 現在私たちが "倫理観" と呼んでいるものに要求する機能を, もはや高速にアップデートされる倫理観は果たしてくれなくなるだろう. 法秩序が共通了解として遵守するよう国民に求める事柄は, 加速する倫理観の広大なフィールドのうち花壇の一つを占めるに過ぎなくなる. それはつまり, 現在の民主主義パラダイムが続行するものと仮定すれば, 「姦淫犯ス勿レ」「殺人犯ス勿レ」という他者の人格を加害するものを除いて, 共有すべきものは何もないからだ. 共通の文脈でしか成立しない対話, マインドセットはすべて個人レベルまで細分され開放され, ソシオレクト(sociolecte)はどこにも存在しなくなる.

 

これらの加速は, 個々人が科学知・總合知といった, 人類が獲得した/しつつあるすべての情報を理解するリテラシの強化を必要条件として成立しうる. これについて, テクノロジが補助脳/拡張脳を提供してくれるトップダウンの未来を俟(ま)つか, あるいは現況からボトムアップを目指すかは. 私たちそれぞれのモチベーションに因むだろう.

 

 

 

 ↓Kindle unlimited にて電子書籍展開中↓ 小説/散文詩/思想

Incarnatio (spinaltox)

Incarnatio (spinaltox)