想々啖々

絶世烟る刖天歌。文学者が思想を日常に翻訳していればいい時代は既に去った。

超脱について:

存在が自己の衝動に対して企てる誘惑、存在可能なもの、存在可能とされるもの、大文字の他者Grand Autreが許容しうるもの、自然秩序/司法秩序下に淘汰的に存続するものから投げ出され、アクセス不能性から予見のできない外部や、精神錯乱に陥るほどの掘鑿により開花した内部に、無機に結晶しているとされるもの――ヒト種族に想定不能なほどより生気のある仕方で有機に生を享受し奔出するものに相対しての、あの孤独ゆらいの静謐で得体の知れない游離が、超脱(チョウダツ)にはある。遠いようでいて、没我なり脱我なり案外コロりと我が身に降りかかりがちなもの。それは思考を已めない者の欲望をそそり、欲望を孤立と陶酔に投げ込むが、それでも欲望は自我をつよくもつ。リアルへの経験や反復によらぬ、イデアルとの口吸いや婚姻に悩み、悶え苦しむ。艱難は存在を縊り、リアルの酸素よりイデアルの酸素循環のほうが心地好いことを暴力によってさとす。イデアルの暴力はリアルのそれと異なり、思考を断裂せず、むしろ思考を已めることを禁じ遏める。虛飾の糊塗すら自我自身の擁立の荷を買い、欲望は自己に纏絡するいっさいと自己を断絶する。真に自我を游離した欲望は企図するままイデアルを闊歩し、制馭下の自己を倦むことなく愛撫する。超克する愚かな騎乗者は対象との反射でしか自己を捉えられず、越境する愚かな勇者は境界が自らの外に引かれているものと錯誤する。游離のもたらす無他の陶酔は孤独を喚ぶのみ。自我なり不二なりの絶対的なものが昧愚から欲望を守る。欲望はこの絶対者を誇りに思い、それにしがみつく。しかし同時に、この劇情、この震顫、この昂揚はそれでもなお、生半可な自律では刺殺の痛苦に堪えかねる嶷城に引き寄せられる。欲望はいまや無道徳amoralであり、それは不道徳immoralと異なり善悪の双極を有たず、また自己のみを一極とせず、無限の極を自らに内包する。極のそれぞれは擅恣に跋扈する様相は、さながらアナキズムの自己体現である。輪廻転生はもはや欲望に舵輪を譲渡し、地獄の番犬は彼の前に三ツ首を垂れる。欲望がかつて統馭した体系は、やがて彼の手を離る。

(mounted Ni sujet ni objet -Julia Kristeva "Pouvoirs de l'horreur")

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