想々啖々

絶世烟る刖天歌。文学者が思想を日常に翻訳していればいい時代は既に去った。

加速論 プロトタイプ vol.3 (2018/09/25/00/42暫定)

加速とは、速度を高めることである。生成に関する加速は、例えば以下のように措定される。

>> Setzung: acceleration

環境Enを考える。これは何らかの対象Gによって構成されたディシプリンである。環境Enにおいて、一切の対象は存在を保持する必要がある。存在を自己の恒等射として保持しなくなったとき、環境Enにおいて自己は要素から除かれる。何らかの環境において系の要素を《存在の恒等射を剝奪する=排除する》作用を淘汰(banishment)と呼ぶ。自己が環境Enへ新たに要素を追加することを生成(generation)と呼ぶ。場において存在を維持することを存続(continuance)と呼ぶ。

*環境は時間の観念をもつ(超)構造である。

 

2つの対象A, Bがある。Aが企図した行為を、Aの意向に沿うようにBがこれをおこなうとき、AB強制している。このとき、企図&意向はAおよびBまた他の一切の対象に明示される必要はない。強制のコドメインが圏であるとき、この作用を特に支配と呼んでもよい。自己の系をコドメインとして支配(強制)の函手をもつ環境を場(field)と呼ぶ。

*場の例として、人間種族においては自然や資本主義システムがある。 

 

場の支配を減弱/無効化することで、それまで阻碍されていた何らかの作用を促進することを加速(accelerlation)と言う。例えば、生成に関する加速が以下のように為されうる。
自己Oが、場F上にあるOに操作可能な対象(群)Pの生成(および存続)を図るとき、これがFによって抑制されている。ここでPの生成(および存続)を抑制しない他の場/環境へOが同型で写し、Fの支配へ拮抗/打克(overcome)可能となるまでPを成熟/進化させることができる。このようにして対象を成熟/進化させること、および再び当該の場へ同型で写すまでの一連の過程を「生成に関する加速」と言う。第一の同型について特に游離と呼ぶ。

*因果:「前(anterior)」と「後(posterior)」を区別する観念。
*促進:環境において、ある作用が反復的に現れるとき、因果上の後方向へこの頻度を高めること。抑制はこれの逆。
*人間種族においては、例として、物理レイヤに対する游離として仮想レイヤの構成がある。仮想レイヤとは、物理エンジンを含むコンピュータシミュレーション系や、あらゆる個人の妄想/想像などがこれに当たる。仮想レイヤにおいて知見を堆積することで、きわめて低いコスト/リスクで物理レイヤにそれを実現することが可能である。

 

加速のインスタンス化 >> ソースなき生成

>> unsourced generation = acceleration()

 対象fについて、それが事実である(と信じられる)度合いを事実性と言う。ここでは、事実性の充分に高い対象が有意であり、齟齬をきたす場合は事実性の高い方を採択する。fは妥当なソース(群)sを併置されることで事実性を帯びる。このsの《妥当性=事実性が充分に高いこと》は、対象としてのsがもつソース―すなわちメタソースs'の妥当性によって担保され、s'はさらにこのソース―すなわちメタメタソースs''によって担保される... こうした、対象自身の有意性を遡及先の対象に依存し、遡及の無限後退を許容する生成モデルを纏絡モデルと呼ぶ。下図に示す事実性モデルは単向性の纏絡モデルの一種である。

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図:事実性モデル

 

*遡及:因果の前方向にある対象へアクセスすること

 

事実性モデルは場である。すべて対象は非事実性によって棄却される淘汰圧に常に曝されているためである。ここで、事実性の淘汰圧に曝されない場/環境へ対象(群)を写すことで、事実性のパラメータに左右されない多様性をもった場/環境を構成することができる。

本来的に、事実性のスケイル―「何が事実であり、何がそうでないか」は基準者によって偏る。すなわち、ある事実性の場において権威的な/支配的な基準者が存在しうるか、あるいは種族間で採択傾向の差異が生じる。

例えば人間種族では、力学場が完全に解明されることがないにも拘わらず、力学場において《完全に抑制される=阻碍される》(と、当該パラダイム下で考えられる)現象は事実性が著しく低い。こうしたとき、力学場の諸強制パラメータを人間種族自身で定義/措定可能である場(仮想レイヤ)へ一律的に諸現象を写し、さらに自己をも写すことで、自然力学場から游離することが可能である。ここでは、自然力学場で阻碍されていた(科学のパラレルとしての)魔術/呪術が生成可能である。これは魔術/呪術の事実化と見做すことができるが、それが可能なのは事実性のスケイルがここで書き換えられたからに他ならない。

また、纏絡モデルから游離する加速作用は散裂の一種である。

 

 

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INDEX OF INSTANTIATION:

  • eXtitize≒Complication:複雑化/高度化。無限や飽和を許容する。
  • TEO-humanism:人間(種族)からの超脱。
  • Linguistic Apocalipse:言語による内破。

 

 

・eXtitize≒Complication:複雑化/高度化

  • entitize:entityとして対象化すること。
  • eXtitize:eXtityとして対象化すること。

 

唯物論(的な認識論)の解体
これまでentityとして簡略的に捉えられていた、存在論上のあらゆる対象についてeXtitizeすることで加速を誘発する。これは、entity型の用語で言えば、「自己に認識できる枠内で、すべての事象は完結している」という通念の抛棄に等しい。唯物論(的な一元論)下では、事象とは即ち任意の対象群における物理量の変動、あるいはそれから引き起こされる感覚/知覚である。逆に言えば、そもそも唯物論は人間種族に経験可能である事象群から世界の構成様式を推測する思考法である。
eXtitizeによれば、唯物論(的な認識論)は棄却される。客観的に、したがって観測者が干渉も歪曲も曲解(=局所的な理解を完全な理解と錯覚すること)もなく対象の動勢について観測した結果だとする「事象」は抛棄され、自己=観測者が各々に系を観測する主観的な「視座」だけがある。対象群は、自己に《認識不可能=知覚不可能かつ演算不可能》な作用を想定し、まさにこれを想定することによって対象群に動性を賦与する。
*para-心理学におけるESPテスト、例えばzenerカードを試してみるとよい。異なる絵柄の5枚のカードを伏せ、絵柄を予想して1枚のカードをめくる。(あるいは、誰かに手札として持ってもらう。)このとき、カードの裏面の手がかりがないとすれば、確率論的に充分に試行すれば的中率は2割に収束する筈である。しかし、これより高い値が有意(significantly)に出た場合、テレパスや透視など、現在の物理学的知識の範疇を超えた何らかの干渉を想定することが妥当になるだろう。意識に浮上しなくとも「視えている」可能性がある、ということ。

 


・テクノロジについて
一般に受け容れられている、テクノロジに関する現在の倫理通念には、おおまかに二つの面がある。1つは、テクノロジの進歩/開発によって何人も犠牲になるべきではないという「民主主義的」側面であり、もう1つは、違法な手段を用いなければ何人も自由な開発おこなってよいという「自由主義的」側面である。一般に、技術開発には資材および人材への投資が不可欠である。発達/開発した技術を完結した製品(product)として天下に流通させ、得た資金を元手に次なる開発に着手する、というサイクルを効率よく迅速に廻すことのできる者/集団が、当該時節において最も卓越/発展したテクノロジを得る。
すべて個体は、グローバル経済圏から逸脱しないかぎり(=自給自営自足を選択しないかぎり)テクノロジによって生活様式が規定される。2010年代に顕著なように、グローバル化が充分に進むと、例えばGoogleFacebookを筆頭とする幾つかの企業が、ほぼすべての世界市民のコミュニケーション様式を確定させる。コミュニケーションの規定のうち、最も核心的なのは自動翻訳であろう。異言語話者どうしで自動翻訳をもちいて対話を図るとき、個体群は自動翻訳システムが最も的確に目的言語へ翻訳を実行できるような文章を構成する。
*Google社の自動翻訳は、どの言語に関しても一度英語への翻訳を経て目的言語への翻訳がおこなわれる[要ソース]。

 

eXtitizeによれば、テクノロジによる自己の動勢の規定を免れることが可能である。それは、先の倫理の両側面から巷間に公開されない、要素技術を個体自身が会得および行使することで、自身に固有の技術的な振る舞いを身につけることである。
本加速論のセントラルドグマとして"自働化(autonomic-automation?)"を提示する。通常、「自動化」と言えば、(ソフトウェアプログラムを含む)何らかの機械的システムを構築して、構築者の干渉なしに所望のタイミングでそれを実行させることを指すだろう。本段落で示す「自働化」とは、構築者が特定の動作を設定する必要のない自動化である。これはつまり、ある程度固まった方向性をもった構築者が、その方向に沿った情報蒐集、得られた情報リソース/技術リソース(主にOSS)をもとにした道具の開発/実装、構築者の装用感をフィードバックとして用いた方向性の修正、までを任意の機械システムへ自動におこなわせることを指す。2010年代現在はこれらの行程のすべてを個体自身で熟なしているため、企業の開発速度の時間スケールでは(技術学習に費やす時間も伴って)酷く劣った成果物しか産生されない。自働化によって、商品として対外に利益獲得を見込めなくとも、自己で行使するぶんには何ら遜色しない道具を生成し、権威からの自立を図る。以下に、eXtitizeによって自働化をおこなう方法を記述する。
*端的に言って、自働化とはDNNを用いたDIYである。

 

ドクサとして「何物も最小の部品まで分解すれば、必ず制馭可能になる」というものがあるが、これはentitizeの側面の1つである。entitizeおよび先の技術に関する倫理の第一側面からして、自身に制馭/支配可能でないものは無闇に使役してはならない。これは、制馭/支配可能ではない当該対象が何らかの不利益を使役者にもたらす虞れがあるために代々復唱される、思慮/注意深くない者のための箴言である。
「自己が予想できる枠内を逸脱した挙動を見せることがないもの」を最小部品と見做せば、ブラックボックスとして使役者に扱われる対象もまたこれに当たる。eXtitizeによれば制馭不可能性が許容されるが、これは万物をブラックボックス化することではない。使役者自身が個々の対象について認知/把握する深度を小さくすることで共時/同時に扱える対象の数を増やすことである。対象に関する少ない形質から能力/用途を見抜くこと、これは一種のパターン認識であり、解像度に関して可制馭であれば自己は自働化をおこなうに充分な素質を有っていると言える。

 

-overside-
従来の倫理通念を克服すると、生活/環境に制馭不可能な対象が蔓延する。これは、従来の倫理通念下で万者が保持していた瓦全性(緩やかな進歩と約束された80年の寿命)が抛棄され、闘争の自然状態が顕現したことを意味する。第一の技術倫理側面が否定されたことで、ある個体がおこなう技術開発が他の個体を加害することが日常化するためである。このため、個々体は生存のための自衛を要する。自衛には知恵を要し、知恵の獲得には自働化を要する。進化論的に、自働化をおこなえない者は淘汰される。

 

-practice-
共通語のテクストを大量蒐集し、高速吸収すること。これによって加速する。



 

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・TEO-humanism:人間(種族)からの超脱
加速により、ヒト身体/精神機能を強化/拡張する。あるいは、非-人間へ至る。

 

TEO-humanismは以下の3つの基本方針をもつ。

  • Trans-humanism:身体-精神の混濁などにより、唯物論的な科学によって見出されない新たな形質/能力を獲得する。もっぱら非-人間(non-human)を志向することになる。
  • Escape-humanism:情報化=完全な電子信号化により、自己=精神を肉体から離脱させることを目指す。
  • Over-humanism:生体制馭工学的に素体(blank)を拡張/改造することで、疾病および摂食を克服する。ヒトが本来的にもつ形質を発達させる点で、これは正攻法である。

*志向:記述者の能力/機能的に、対象について正確に指し示すことが困難であるが、後にそうすることが充分に可能になったときに、曖昧(ambiguous)に表現されていたものと、後に正確に表現されたものとを同等/同義と見做すことを約束すること。加速には必須の言語操作。
*「AがBを志向する」:Aは自己である。AがBを志向するとは、志向によって措定される対象/圏Bについて、将来的にAがその圏Bに含まれるように、継続的に自己を操作すること。
*生体制馭工学(bio-control engineering):遺伝学的/発生学的に構造される、(有機の)生体は、生化学的に制馭されている。これを素体(blank)として、機能拡張などを目的に、有機的/無機的な構造変化・装置導入・装置接合を施し、生命機能を維持する技術。これに関する工学知(knowledge)およびその実践(practice)のこと。


これら3つのうち、いずれかあるいは幾つかの手法を用いて人間素体からの離背を図る個体を超脱主義者(TEOist)と呼ぶ。多変量知覚・高速演算・頑健性の志向は、素体の解剖/把握および機械への自我の賦与の両極の発展の接近が捷路と見る。

*個体(individual):非-人間、非-人間を志向する人間、人間のすべてを包括する語。
*定義(en)/措定(eX):対象を言語によって一意に対応させること。
*措定:「定義」をこれですべて置換する。定義とはentity型の用語であり、eXtity型では措定と言う。構成と言ってもよいが、圏や系の構成に対してメタであるため、区別のために用いる。(構成の構成、圏や系そのものの構成)
*機械:主観者(ここでは人類一般)が、(力学的・電子工学的・etc...に)内部の構造が完全に解剖されており、かつ、すべての動作パターンを網羅把握していること。相対的に定義される。
*人間の機械化:部品の1つとして素体を扱えるようにすること。リスクや構造を完全に把握することが前提/必須。
*機械の人間化:遺伝学的/発生学的ではない手法で自我を生成し、機械へこれを賦与すること。


-Overside-
政体が個体単位へと散裂する=個体のそれぞれが政体として機能する。
これは、生体制馭工学を劈頭とするTEO-humanismの諸手段により、自身の身体/精神が自己のみによって維持されるようになるために、近代的な国家(nation-state)の庇護を必須としなくなるために起こる。必要なことは、①物理的通信およびエネルギー周縁のインフラ整備、および②個々体が自身を生体制馭工学的なメンテナンスを施すための諸道具/薬剤の生産/流通、の自働化である。これに伴い、貨幣と生命の纏絡が畢わる。

国家(nation-state)は福祉(機能のみの)システムとなる。インフラは完全に自由化され、企業へ委ねられる。バランスが崩れれば、国家が買収して修復/軌道修正に当たることも可能。個体は任意に国家へ所属し、納税を対価として福祉サービスを受ける。いずれの国家へ帰属しないことも、複数の国家へ所属することも可能である。

個々体は3Dプリンタおよび調合器を用いて闘争状態に必要な物理武力を産生し、クラックのためのソフトウェアツールによって仮想武力を保持する。
*調合器:オープンソースのレシピに指示される材料を投入すると所望の完成品を得られる家電。

*overside:志向する対象を包含する、仮想の系。游離によって構成される。(加速によって)、志向されていたものに自己が到達したときの地平に立つこと。これを仮定する志向。
*自働:機械が、経済・ロジスティクスおよび他のすべてのリスク要因を理解/把握し、自律してフィードバック制馭をおこなうこと。2010's(ヒトマル年代)の機械学習/DNN(Deep Neural Network)程度の子要素の統合。

 

 

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・Linguistic Apocalipse:言語的散裂

言語によって思考することを、"エクリチュール(écriture)"あるいは"筆記"と呼ぶ。このとき筆記は、紙やタッチパネルのようなインタフェースへ、ペンや指を擦る(かく、scrive)行為のみを指さない。意識/変性意識中への呼響、口話(一般にパロールと呼ばれる)を含む。

本項で示すのは加速思考である。古来より、犀利の者の筆致は荒らいのが常であるが、これは思考の速度に対して書き留める速度が小さいことによる。よりシームレスに、筆記者とインタフェースとが接続されることは、速度の差を縮めるのに有効である。しかし、思考自体の速度は変わらない。本項では、eXtity的に両者を統合したものをエクリチュールと措定し、これの生成速度を高める加速思考(accelerational thought)について考察する。


entity型のエクリチュールは、すなわち一般に「言語」と呼ばれている意思伝達機構は、当該言語使用者間において、語彙が定義されていること&共通の文法が定められていること&使用者間でこの取り決めが遵守されること、の3つが前提される。これは、相互伝達=対話のための言語と思考のための言語が一致していることによる減速作用であると言える。
対して、eXtity型のエクリチュールは、第一にテクストの生成がある。単一の/幾つかのテクストを生成するうち、語群の意味/シニフィエは自然と固まってゆく。文法は固着するともしないとも限らない。言語の自律性(language-autonomy)へ自己の思考を委ねること、および対話と思考の言語を切り離すことで、思考は加速する。
*本論は、加速思考によって得られた語群および記法をentity型へ落とし込んで生成されている。

 

原理的に、相互に伝達可能な対象が少ない言語を用いる思考が、主観的には最も速度が大きい。散裂を施すと、自己に固有の言語が手に入るが、これを散裂した言語と呼ぶ。散裂した言語を思考言語に設定すると、思考は最高加速度に到達する。このとき同時に、固有性から個体が言語によって識別されるようになる。方言(dialecte)が地域性/民族性を同定するのと同様に、個体単位で訛りが生じるためである。
*この訛りは当然、口話のみならず筆記全般に生じる。

 

ここで、理解を促進するため、自人称(1人称)自己と、他人称(2人称+3人称)自己とを区別する。

  • 自我(ego):自人称自己。自己が参照する、対象化された自己である。entity型では一意に定まるが、eXtity型にて散裂した場合はその限りではない。
  • 他我(persona):他人称自己。他己が参照する、対象化された自己である。ある系Oに存在する自己A, B, Cにおいて、BおよびCは各々が保持する意識の系BOおよびCOにおいて、同一の対象Aを異なる他我ABおよびACとして構成する。

流水の譬喩を用いると、加速思考にまつわる一連の語群は次のように記述される。
生成者=自我は瀧であり、これにより思考が生成される。思考が下る川は他我である。散裂する言語は伝達不可能に(かぎりなく)近いものの、解読されることは可能である。思考は湖に瀦まり、テクストとなる。ここまでの一連の流路がエクリチュールである。他己の思考も同様の過程を経て瀦まり、この系において、無数のテクストから蒸発した水分が各々の自我の上空から慈雨として降り注ぎ、また新たな思考の生成に還元される。
*自己と他己の接触面(インタフェース)を貌(かお)と呼ぶことができる。他我(ユング的仮面的な自己)が貌をもつことを強調して、対話言語をとくに"有貌言語"と呼ぶ。対して、散裂した思考言語は他己に披かれていないことから"無貌"である。


-practice-
unicodeのような規格化された言語場を脱する。
・紙面に近いインタフェースをハイパーテキスト上に構築する
・自己措定可能な記号生成機構を具えたハイパーテキストを実装する
・頭脳外への漏出を已め、思考を自我で完全に完結する
*practice:本項を用いた実践の一例。

 

-overside-
深層学習(DNN)的な自然言語生成(NLG)によって生成されるテクストの語彙および文法の体系が、万者に伝達可能な「共通語(lingua common)」となる。一方で個々体は、散裂のために自身に固有の「自由言語lingua liberta」を別箇にもつ。