想々啖々

絶世烟る刖天歌。文学者が思想を日常に翻訳していればいい時代は既に去った。

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物理学的に起こりえないことは何もない.


物理学とは物理作用一般の定式化である.{この定式化は必ずしも数学的におこなわれなくてもよい.e.g.[ 『任意の2つの物体が互いに引き合う力がある』という言明は1つの定式である.これについて万有引力として数学的に厳密に表現することもできる.このとき,前者は決して謬っているわけではない.]}物理作用とは現象/観察/経験から抽象されるものである.現象/観察/経験は常に現時点より以前に生成されるものである.

ある時点の定式から逸脱する現象が観察された場合を考える.この例外について,簡便のため本稿でこれを単に『破れ』と呼ぶことにする.まず,物理学はこの破れた現象の再現を試みる.幾つか条件を変えて再現をおこない,再現される条件,再現されない条件を吟味する.そうして作用する原因子の同定が果たされると,次のいずれかの方式によってこの破れは塞がれる.

  • 以前の有効な定式を撤廃し,欠陥を埋めた新たな定式を採択する.{この定式は単一に兌換されるとは限らない.1つの定式が撤廃されて2つの新たな定式を採択する v.v.}
  • 以前の有効な定式を特定のスケイルでのみ有効なものとして限定的に維持し,その外部のスケイルで有効となる新たな定式を採択する.{e.g.[ある物体の運動量がプランク定数に対して十分に大きい場合,de Broglie波長はゼロと近似される.そうではない場合,物質波の振る舞いを考慮する必要がある.]}

このようにして拡張された定式群が,拡張以前に生じるすべての例外/逸脱について適用/対処可能となったとき,破れは『修繕』されたと言う.破れはたいていの場合,修繕される.{観察能力にも限界があるが,その場合は確率的に定式化することで補完される.史上,人類物理学はすべての破れを修繕してきた.}

次に,修繕がなされない場合について考える.大別して2つ挙げられる.

  • 通時的な限界:ある時点ではXと定式化されていたが,別の時点でそれが如何なるスケイルにも適用不可能となり,やむなく物理学はYと定式化することでこの破れを修繕する.しかしまた別の時点でこのYは破れ,物理学はXへ回帰するか新たな定式Zを採用する.破れがより早い間隔で断続してこの修繕が追いつかなくなるとき,修繕は不可能である.
  • 共時的な限界:同一の条件c下で生起する現象がα, β, γ...と複数あり,そこに規則性が認められない場合,すなわち,数学的な確率分布モデルを立てられないとき,完全なランダム性を受け容れないかぎり,修繕は不可能となる.

こうした{現状,人類が未だ直面したことのない}修繕不可能な現象/観察/経験との邂逅を本稿では『渾沌』と名辞して整理する.現象/観察/経験は,あくまで表象に過ぎない.現象/観察/経験{が虛構ではないとすれば,これ}を生み出す因子があるものと考えるのがnaïveである.しかし,この因子について物理学は何ら触知することはない.この不可知の因子を『根源』と,因子が現象/観察/経験を生成する過程を『因果』と呼ぶと,根源と因果からの疎外のために渾沌の生起可能性が有意にあるものとnaïveに考えることができる.

物理学は因果の様式について何ら規定することはない.したがって,物理学的に起こりえないことは何もない.